Vol.9「写真家・芸術家 川村喜一さん、川村芽惟さん 知床での暮らし」
北海道へ旅に出て
偶然出会った町に移住。
唯一無二の自然と
共存しながら暮らす今と未来。
町から望む「斜里岳」は、見る角度によって顔立ちが変わる。
北海道唯一の世界自然遺産「知床」に隣接するウトロ地区は、流氷や多様な生態系に恵まれた場所です。その豊かな自然に魅せられ、東京から移住した写真家・芸術家の川村喜一さん、川村芽惟(めい)さんご夫婦。美しくも時に厳しい自然と共存しながら暮らす、二人のこれまでと、これからについてお話を伺いました。
東京から北海道へ移住
学びたかったのは、
自然と共存し生きること。
東京の芸術大学で学び、卒業後も東京を拠点に暮らしていた二人。北海道移住を決めたきっかけは、北海道でのバイク旅でした。
「東京で生まれ育ったので、自然豊かな場所での暮らしというのは遠い存在でした。だからこそ、北海道のような場所に憧れていましたね」
そう話すのは、写真家・狩猟者として活動する夫の川村喜一さん。
妻の芽惟さんと、夏の北海道を10日間バイクで巡り、野宿をしながら広大な自然や地元の人々の温かさに触れ、すぐに移住を決意しました。
「愛知県の田舎出身で、都会に憧れて大学時代から東京に住んでいました。でも、自然が恋しくなる瞬間は何度もありました。そんな時に北海道でツーリングをして、出会った人たちの温かさが印象的でした。旅が終わる頃には、北海道に移住することを決めていました」
写真家・美術家・狩猟者の川村 喜一さん。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。2015年同大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。2017年より北海道・知床半島に移住。制作チーム「北暦」共同代表、知床の地域芸術祭「葦の芸術原野祭」の実行メンバー。
二人が新たな暮らしの拠点として選んだのは、北海道の北東に位置する知床。世界自然遺産に認定された知床国立公園があり、ヒグマやエゾシカなどの野生動物と日常的に出くわすこともある大自然に囲まれた地域です。
もともとアイヌやオホーツク人など、北方民族の暮らしに興味を持っていた喜一さん。山や海からの恵みを受け、自然と共存する生き様に共感していました。
「北海道の大自然に惹かれたことは確かですが、”自然”という客観的な表現はあまり好きじゃないんです。表現するのがなかなか難しいですが…。よそから見て、自然を眺める対象として捉えがちですが、そこにある生態系はもちろん、私たち人間も生き物として自然の中で暮らしているという感覚があります。知床は、まさにそれを体現できる場だと思い惹かれました」
2020年に出版した作品集『UPASKUMA アイヌ犬・ウパシと知床の暮らし』(玄光社)
©川村喜一
そんな二人には、もう一匹の家族がいます。アイヌ犬のウパシ。ある日偶然やってきたウパシは「人生を変えた存在」だと話す喜一さん。知床でのウパシとの暮らしをまとめた作品集『UPASKUMA アイヌ犬・ウパシと知床の暮らし』が話題になりました。
「ウパシはご近所さんのところで生まれて、引っ越し祝いだと言ってうちにやって来ました。とにかく可愛くて、ひとたび山に放てば鹿を追いかけてどこまでも走っていき、かと思えば寒さに震えて情けない一面も(笑)。そんな生き物が一つ屋根の下で一緒に暮らしているということは、結果的に人間の考えに寄りすぎない価値観を与えてくれています。
裸足で歩いていたら、そりゃあ寒いだろうなぁと考えたり、暖房もない自然の中で暮らしているキツネたちは、どうやって寒さを凌いでいるんだろうと考えたり…。人の生活と、いわゆる野生と言われるところを繋いでくれる存在ですね」と芽惟さん。ウパシがいるといないでは、全く違った7年間だったと振り返ります。
芸術家の川村 芽惟さん。東京藝術大学先端芸術表現科卒業。耕作や狩猟、調理や衣類の修繕といった生活シーンに基づいた制作活動を行う。制作チーム「北暦」共同代表。芸術祭「葦の芸術原野祭」の実行メンバー。
写真家、狩猟者として
自然の時間軸から
感じる取ること。
北海道に移住し、自然と深く関わる選択をした川村さんご夫婦。移住2年目には、二人で狩猟免許。狩猟者としての活動は、自然と命の重みを肌で感じる重要な経験だと話します。
「獲物を獲りたいというよりは、動物や自然のことをより肌身で知りたいという思いが強かったです。ハンターとしての物事の見方や自然感を学びたいと思い始めました。そんな簡単には獲れないだろうと思っていたんですけど、土地柄、狩猟者の方が多いこともあり、先輩ハンターと一緒に山に入って教えてもらい少しずつ上達していると思います」
そして、狩猟者としての活動を通じて得た自然や動物の知識は、芸術活動にも大きな影響を与えています。
「写真は視覚の芸術なので、例えるなら窓の向こうの世界を切り取って持ってくるようなイメージ。でも、僕は知床で暮らし始めて、そこで生きる動物たちや植物と同じ空気を吸い、同じ季節を過ごし、時に触れ合って…時間の流れをしっかり感じながら写真を撮りたいです。写真を撮るために、その土地を利用したくないというか。自然と向き合うことで結果的に写真というものに表れたらいいなと。
写真を布地に印刷する作品は、光に透けて見え方が変わったり、風が吹いたり人が通るとなびいたり。時が止まった写真ではなく、カーテンのように同じ空間の中で息をしているような作品を作り続けたい。それは、ここに暮らす中で生まれた形だと思っています」
〈北こぶし知床ホテル&リゾート〉のラウンジで展示されている喜一さんの作品は、薄地のシルク・ジョーゼットに写真が印刷されている。
芽惟さんもまた、芸術家として知床の自然からインスピレーションを得た作品制作を行っています。
「長い冬のモノトーンの世界から、春が訪れると雪と土が溶けてカオスな状態になって、地面から緑や虫のいろいろなカラーが蘇ってくる。そんな景色を見て、まるで世界が生まれ直しているみたいだなと思ったんです。それに強く心打たれて、色彩への憧れを感じ始めました。今の環境が刺繍というものを選ばせたと思っていますし、色とりどりの糸で刺繍をするということは、見ている景色から影響を受けていると思います」
同ラウンジで展示されている芽惟さんの作品。刺繍やパッチワーク、キルティングなどの手芸的技法を併用し制作。
地域社会との繋がり
新たに芽生えた、
拠点づくりへの想い。
知床のアートイベント「葦の芸術原野祭」の企画運営や、斜里町にある〈北のアルプ美術館〉のボランティア活動など、地域社会と繋がる活動にも積極的に取り組んでいます。
「知り合いが一人もいない中で移住しましたが、ありがたいことにたくさんの出会いに恵まれました。〈北のアルプ美術館〉の初代館長・山崎猛さんもその一人です。僕の作品を見て、『暗いのがいいね。知床の森っていうのは、こうやってちゃんと暗いんだよね』と共感してくださって。そこから会うたびに、自然のこともたくさん教えてくれました。倒木更新の話とか、流氷が来る前の動物や植物が身構える、ちょっとした変化とか。
そんな山崎さんがこの小さな町で美術館を1から作り、30年以上維持してきたことは本当に素晴らしいことだと思います。『アルプ』という本を残したいという山崎さんの想いを受け継いで、自分たちがこの町でできることをやっていきたいです」
さらに、現在二人は仲間たちと斜里町にアトリエを建設して、創作活動の拠点にしながら、地元の人々や訪問者と交流できる場を作っています。
「移住してからたくさんの人に与えられてばかりなので、何か私たちも還元できることはないかと考えてアトリエを作りました。自分たちでDIYをして、やっと形に…。
週に数日だけカフェを開き、将来的には泊まれる環境も作りたいですね。この場が地域の交流拠点になって、たくさんの人に楽しんでもらえるようになればと思っています」
北海道への移住は、二人にとって新たな挑戦であると同時に、創作活動の原動力を得る大きな転機となりました。自然や地域社会とのつながりを深めながら、表現を追求していく二人の活動は続いていきます。
※撮影・取材 2024年12月
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